塗り絵が認知症予防にいいという話は、だいぶ知られるようになってきました。
でも「じゃあ、どんなテーマの塗り絵がいいの?」と聞かれると、答えに困る人が多いんじゃないでしょうか。花がいいのか、マンダラがいいのか、風景がいいのか。なんとなく「季節ものがいいらしい」くらいの認識で止まっている方がほとんどだと思います。
実は、テーマによって脳への効き方がかなり違います。論文や研究データをもとに整理してみました。
まず前提:塗り絵そのものが脳を使う
テーマの話をする前に、大前提として知っておいてほしいことがあります。
塗り絵という行為自体が「見る・考える・手を動かす」の3つを同時に使う複合的な脳活動です。手指の細かな動きは前頭葉の運動野に直結していて、脳全体の血流を増やす効果があることがわかっています。
つまり、テーマが何であれ、塗り絵をしている時点で脳にとっては良い刺激になっています。そのうえで、テーマ選びによってさらに「上乗せ」できる効果がある、という話です。
回想法テーマ:記憶を呼び起こす力
認知症予防において最もエビデンスが強いのが「回想法」と組み合わせた塗り絵です。
回想法(リミニッセンス療法)とは、過去の思い出を語ったり思い出したりすることで脳を刺激する手法です。介護現場で広く使われており、認知機能の維持に有効であることが複数の研究で確認されています。
たとえば季節の行事。お正月の鏡餅を塗りながら「お正月は何を食べてた?」と聞く。ひな祭りのお雛様を塗りながら「子どもの頃、お雛様は持ってた?」と話す。こういう会話が自然に生まれるテーマは、塗り絵+回想法の二重の効果が期待できます。
懐かしい暮らしの道具もよいテーマです。蚊取り線香、ちゃぶ台、風鈴、縁側。80代の方なら「こういうの、うちにもあったわ」と昔の記憶が蘇る。塗り絵をきっかけに長期記憶が活性化されるわけです。
季節の食べ物も有効です。秋なら栗や柿、冬ならお餅や鍋。食べ物は色のイメージが湧きやすいので「何色にしようか」で迷いにくいですし、「これ好きだったのよ」と自分から話し始める方が多いです。
ポイントは、ご本人が「知っているもの」であること。知っているからこそ記憶が呼び起こされ、知っているからこそ「何色に塗るか」を迷わず決められます。
マンダラ:リラクゼーション効果は本物
マンダラ(曼荼羅)の塗り絵は、認知症予防の文脈でもよく名前が上がります。実際のところ、どうなのか。
台湾で行われたランダム化比較試験(RCT)では、高齢者30名を対象にマンダラ塗り絵を行ったところ、不安レベルが有意に低下したという結果が出ています。また2025年の構造化レビュー論文では、マンダラを含むアート活動が高齢者の社会的関与やウェルビーイングの向上に寄与することが報告されています。
ただし、注意点もあります。認知機能スコアそのものの有意な改善は確認されていない研究もあり、マンダラの効果は「認知機能の直接的な改善」よりも「不安やストレスの軽減」に重きがあるとされています。
ストレスや不安は認知症の進行を早める因子のひとつなので、間接的な予防効果はあると考えられます。でも「マンダラを塗れば認知症にならない」という単純な話ではありません。
もうひとつ現実的な問題として、高齢者向けのマンダラはパーツ数の調整が必要です。市販のマンダラ塗り絵はパーツが50〜100以上あるものが多く、これは認知機能が低下した方には明らかに多すぎます。6〜15パーツくらいのシンプルなマンダラであれば、高齢者にも取り組みやすくなります。
マンダラの良い点は「正解がない」ことです。花や食べ物には「本来の色」がありますが、マンダラは好きな色で自由に塗れます。「間違い」が存在しないので、失敗を恐れる方にも取り組みやすいテーマです。
花と自然:定番には理由がある
介護施設の塗り絵レクリエーションで最もよく使われているのが、花や自然のテーマです。
これには理由があります。花は季節と結びつきやすいので、回想法の効果が得られます。桜なら春、朝顔なら夏、紅葉なら秋、椿なら冬。季節を意識することは「見当識」と呼ばれる時間や場所の感覚を保つ訓練にもなります。外出の機会が少なくなった高齢者にとって、季節感のある塗り絵は世界とのつながりを維持する手段でもあるんです。
また、花は色のバリエーションが自然に出せます。花びら、葉、茎、背景と、少ないパーツ数でも複数の色を使う体験ができる。「色を選ぶ」という判断行為自体が脳への刺激になるので、これは地味に大きなメリットです。
風景も同様で、富士山、田園、海辺といったモチーフは長期記憶と結びつきやすく、「昔旅行で行ったね」「家の近くにこういう景色があった」と回想のきっかけになります。
テーマで変わる「続けられるかどうか」
ここまで研究データを中心に書いてきましたが、現場で一番大事なのは「続けられるかどうか」です。
2020年にPMC(PubMed Central)に掲載された系統的レビューでは、認知症の方へのアート療法で88%の研究が何らかの有意な改善を報告している一方で、効果を得るには「継続的に取り組むこと」が必須条件だとされています。週1回、短時間でも、続けることに意味がある。
続けるために一番大事なのは「飽きないこと」です。ずっと同じテーマでは飽きます。逆にテーマがコロコロ変わりすぎると混乱します。
理想的なのは「季節に合ったテーマが月替わりで届く」というサイクルです。2月なら節分や梅、4月なら桜やお花見、12月ならクリスマスやお正月の準備。「今月はどんな塗り絵かな」というちょっとした楽しみが、継続の動機になります。
そのうえで、マンダラや花のように季節を問わないテーマも常に選べる状態にしておく。これなら「今月のおすすめ」で新鮮さを保ちつつ、好きなテーマにいつでも戻れます。
まとめ:テーマ別の効果一覧
研究データをもとに整理すると、こうなります。
回想法テーマ(季節行事・昔のくらし・食べ物)は、認知機能の維持に最もエビデンスが強い。塗り絵+記憶の想起で二重の効果。会話のきっかけにもなる。
マンダラは、リラクゼーション効果が臨床研究で確認済み。不安やストレスの軽減を通じた間接的な認知症予防効果が期待できる。正解がないので失敗を恐れる方に向いている。ただしパーツ数は抑える必要がある。
花・自然は、季節感による見当識の維持、色選びの判断力刺激、回想法との相性の良さ、いずれもバランスが取れた万能テーマ。
動物・身近なものは、親しみやすさから取り組みのハードルが低い。「うちにも猫がいたのよ」と会話が広がりやすい。
大事なのは、どれかひとつに絞ることではなく、ご本人の状態と好みに合わせて複数のテーマを使い分けることです。
「ぬりえる」では、これらの研究データをもとにテーマ設計を行っています。季節の行事、花、マンダラ、暮らしの道具など、認知症予防に効果的なテーマを網羅的に揃えていく予定です。高齢者に合った塗り絵の選び方と合わせて、ご本人に最適な1枚を見つける手助けができればと思っています。